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The 38th Annual Conference of Jean Piaget Societyに参加してきました。(from 中垣教授)
2008年6月6, 7, 8日にカナダのケベック市においてThe 38th Annual Conference of Jean Piaget Societyがありました。Jean Piaget Societyは北米の発達心理学者が中心になって創設した、認知発達研究者のための学会です。Jean Piagetは認知発達という研究領域を開拓したスイスの発達心理学者、発生的認識論研究者ですから、その功績を讃えてJean Piaget Societyという学会名にしているわけです。私がこの学会に参加するのは初めてですが、今年が38回目ということですから、1971年より学会活動があったということになります。 今年は学会メインテーマが“Adolescent Development:Challenge & Opportunities”ですから、私は “The Resurrection of Inhelder & Piaget’s The Growth of Logical Thinking from Childhood to Adolescence ―Toward a general theory on propositional reasoning―”というタイトルで発表を申し込みました。ピアジェとイネルデによる著作The Growth of Logical Thinking from Childhood to AdolescenceはPiagetらが青年期の論理的思考の発達を扱った唯一の体系的著作ですから、それに関する発表は今回の学会メインテーマに最も相応しいと考えたからです。タイトルにある“The Resurrection”というのは、辞書を引いて見れば分かるように「キリストの復活」という意味です。ピアジェの形式的操作期理論は現在ではほとんど評価されていない(言い換えれば、死を宣告されているも同然)なので、それを再評価しよう、つまり、復活させようという趣意でタイトルにつけました。 私のプレゼンテーションは6月8日のPaper Session 14:Cognitive Development in Adolescenceでありました。ピアジェ理論の三つの中核的観念として操作主義Operationalism, 構造主義Structuralism, 構築主義Constructivismを取り上げ、それぞれがピアジェの形式的操作理論にどのように反映されているかを指摘した上で、論理的推論に関する現代の2大学派(Mental Model Theory, Mental Logic Theory)がこのような観点を欠いていること、そのためいずれも理論として行き詰っていること、それを克服するためにはピアジェのいう命題操作システムの構造とその構築に訴えたアプローチが不可欠であることを強調しました。参加者は20名ほどでしたが、カナダで認知発達研究者としては最も有名でNeo-piagtianのJ. Pascual-Leoneや論理的推論の発達的研究者として有名なH. Markovitsも聞きにきてくれたので、何ほどかの意味はあったのではないかと思っています。特に、J. Pascual-Leoneは私のプレゼンテーションの後「ピアジェの命題操作システムで、認知的バイアスをどう説明するのか」という問題を質問してきました。手短に答えたものの、あまりにも根本的な質問なので、「これを読んでくれ」と私の考え方を書いた英語の論考を渡してきました。 ところで、この学会発表を申し込むときびっくりしたことがありました。発表内容のAbstractのほかに、その内容を最もよく表すkeyword を3つだけ24個のキーワードリストの中から選択しなければならないのですが、Social Conition、Moral Reasoning、Spatial/Mathematical Reasoningなどという項目はあっても、Logical Thinking /ReasoningあるいはPropositional Reasoning というキーワードがリストの中にないのです!学会メインテーマがAdolescent Developmentであり、Adolescent Developmentを扱ったピアジェの唯一の体系的著作がThe Growth of Logical Thinking from Childhood to Adolescenceであるにもかかわらずです。青年期に関するPiagetの寄与は何よりもこの時期に顕著に発達する論理的思考であったはずなのに、この点に関するピアジェの寄与は主催者の眼中にはほとんどなかったからではないかと思います。 そう言えば、メインテーマのタイトル“Adolescent Development:Challenge & Opportunities”そのものが奇妙です。青年期の発達をChallenge & Opportunitiesと捉えることは、青年期を疾風怒濤時代と位置づける西欧の古典的発達観の名残であって、主催者側の青年期発達観をよく反映しています。ピアジェはこのような青年期発達観を克服するような考え方を提示しているにもかかわらず、Jean Piaget Societyの総会主催幹部そのものがピアジェの形式的操作理論からほとんど学んでいない、あるいは、その理論をほとんど評価していないことを図らずも示しています。 このことは“図らずも”ではなく、実際にも言えることです。Adolescent Developmentを扱ったピアジェの唯一の体系的著作がThe Growth of Logical Thinking from Childhood to Adolescenceであることから、学会最終日の最後に、締めくくりとして “ Book Discussion Session and closing reception”というSessionが設けられ、私の発表を聞きに来てくれたJ. Pascual-LeoneとH. Markovitsもここで基調講演をしました。ここで言うBookとは、言うまでもなく“The Growth of Logical Thinking from Childhood to Adolescence”のことです。このSessionのabstractは大会プログラムにあり、以下のように書かれています。 The book has been challenged on empirical, theoretical, metatheoretical fronts. Abilities and capacities proposed to be uniquely acquired in adolescence have been shown in some cases to be acquired earlier in childhood and in other cases to be acquired later in emerging adulthood. This research purporting to show the continuity between adolescence and other periods in the life cycle has detracted from the uniqueness which Inhelder and Piaget proposed to characterize adolescent thinking. To many, the cognitive constructivist account of adolescent development articulated in the book is more of a historical relic than a viable metatheoretical account of adolescent development. つまり、ピアジェの形式的操作理論は多くの青年期発達研究者にとって歴史的遺物historical relicなのです!Abstractでは、慎重にこう評価する主体が誰なのか書かれていませんが、基調講演の趣旨から言っても明らかです。要するに、大会主催者およびそれを支えた研究者たち自身が、ピアジェの形式的操作理論を評価しない、あるいは、評価できないのです。こう考えると、発表申し込みのときに感じた疑問、キーワードリストの中にLogical Thinking /ReasoningあるいはPropositional Reasoning という項目がなぜなかったのかという疑問が解けてきます。おそらく主催者としては、ピアジェの形式的操作理論を今では評価する者がいないので、そこで展開されている青年期のLogical Thinking /Reasoningについて発表しようという研究者などいないだろうと予想したからではないでしょうか。カナダを代表する認知発達研究者J. Pascual-LeoneとH. Markovitsが私の発表を聞きに来てくれたのも、発表内容に注目したからではなく、「今どき“The Growth of Logical Thinking from Childhood to Adolescence”を復活Resurrectionさせようという、変った研究者がいるものだ」というもの珍しさから来てくれたのかもしれません。歴史に格別の興味はなくても歴史遺物を見たいと言う観光客はたくさんいるし、私は今回が初めての参加だったわけですから。 とにかく、Jean Piaget Societyという、ピアジェの名前を冠した学会でさえピアジェ評価の現状はこの有様ですから、一般の研究者集団では押して知るべしです。しかし逆に考えれば、われわれのやるべきことはとてつもなく多いということです。単に現状を嘆いたり、批判者に反批判を加えることでは生産的ではないでしょう。もっと積極的に、現在最前線にある研究が行き詰っている点を明らかにし、それを克服するような研究成果を発表していく努力をすべきでしょう。 以下では、学会発表の様子を写真で紹介していますので、ご覧ください。ケベックの町の様子も紹介していますが、観光に行ったわけではありません。念のため。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
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